Staff

Megumi Yagi

どこの乗馬クラブを訪ねても必ずと言っていいほど、国内で生産されたサラブレッドが 乗馬としています。 そのサラブレッドの多くは競走馬として生産され、引退しリトレーニングの後、乗馬として活躍してます。競馬と言うと一見華やかな舞台ではありますが、それはごくわずかな部分であり、引退した多くの馬が殺処分されてしまうという実態があります。

現在では、競走馬をリトレーニングにして馬術競技で活躍するケースが増えていますが、それは競走馬時代の、オーナー、調教師また ファンなどその馬に携わった人の意思があってこそ出来ることが多いので、より多くの人が馬は物ではなく、生き物であることを忘れず、 競走馬で活躍する以外の選択肢があることを知って欲しと思います。サラブレッドたちが、晴れて華やかな競馬として活躍できるのか? と言ったら… 活躍するのはほんの一握りでしょう。

では、選ばれなかった馬や、早くに引退した馬たちは一体…何処へ…
我がクラブでは、そんなサラブレッドたちの第 2 ステージを乗馬、馬術競技馬としてリトレーニングし、活躍できるよう力を入れてます。とはいえ、競走馬引退したばかりのサラブレッドたちは、全てがそうではありません が、やはり安全、安心に誰もが扱える馬…ではない 状況にいることがほとんどだと思います。それは、競馬である以上、それなりの、トレーニング、食事、環境にありサラブレッドたちは ひびその中で生活しているので当然の事だと思います。私たちのクラブに来ると、まずは馬たちの静養から始まります。

心身共に一旦は、リラックス、リセットさせて、馬たちに対してまずは、人は怖くない。大丈夫だよ。と信頼 できるように関わって行くよう心がけています。 最初は気性が荒く、女性や子供では扱えなかったような子も、時間と共になれてきます。馬自体の顔つきも変わってきます。
競走馬時代とは全くの別馬〜テンション… あの○○が…こんな大人しくなるなんて!と競走馬時代のその子を知っている方が クラブに逢いにきて下さり驚かれることが少なくありません。私にとって馬一頭一頭は、看護師だった仕事を生かして関わるとしたら、 患者様と同じ関わりだと思っています。 人は、一人一人、全く違う症状、性格、食事、体格、体質… 馬にも同じ事が言えると思います。

リープリング では、乗馬専門の獣医さん、理学療法士さん、歯科医さん、そして調教師とそれぞれの分野のプロフェッショナルの方々のアドバイス、指示をもとに管理をしております。
私も、医療従事者としての経験を活かし、馬一頭一頭、お客様一人一人の個別性にあった管理をご提供していくことを念頭に関わらせていただいています。
日進月歩…医療の世界でも良く使われていた言葉…
馬たちにも同じ事がいえるのではないでしょうか…
私たちスタッフは、何事にも常に勉強し、より良い状況を馬たちにご提供していけたらと思います。

日本馬術連盟 B級ライダー/看護師・身体障害者乗馬 インストラクター資格研修中

Okitomomi

アシスタント
Tomomi Oki

乗馬を始めたきっかけは、動物が大好きで、その中でも馬が1番でした。

10代のころは、ひたすら馬に乗り、20代で乗馬クラブに就職。

結婚して一旦馬から離れ、男の子2人の母になりました。

30代の今、子育てをしながらパートとして、また大好きな馬の元へ戻って来る事ができ、厩務、調教などをしています。

子供を産み、10代20代の頃あまり無かった愛情やコミュニケーション能力を生かして、これからも1頭でも多くの馬をリトレーニングして、馬の居る生活があたり前のようになる事が私の願いです。

miyutakahashi

アシスタント
Miyu Takahashi

馬と関わるのはこの仕事を始めてからで、わからないことや覚えることが多く大変だと思った事もありました。しかし日々たくさんのことを学び出来ることが増え成長したと実感できることで、自分に自信がつき今では新しいことを教えていただき挑戦できることが嬉しいです。

一頭一頭の性格を見てそれぞれの馬にあった関わり方を探りながら仕事をしていきたいと思います。

厩務責任者
Shinkiro Amanuma

馬と関わるのはこの仕事を始めてからで、わからないことや覚えることが多く大変だと思った事もありました。しかし日々たくさんのことを学び出来ることが増え成長したと実感できることで、自分に自信がつき今では新しいことを教えていただき挑戦できることが嬉しいです。 主に厩舎の清掃を担当しています。 動物は元から好きだったものの馬に特別興味があった訳ではなく、 近所に動物の世話のみの仕事がある、試しに行ってみよう。 くらいの気持ちで始めました。 働く前の馬の知識は無く、今でも他のスタッフさんに確認をしてもらうことがしばしば。 ですが、そんな自分にもできることが沢山あると感じています。 仕事の合間に馬の元気な姿に癒されながら、少しでもこの子達が過ごしやすい環境を作ろうと日々、励んでいます。一頭一頭の性格を見てそれぞれの馬にあった関わり方を探りながら仕事をしていきたいと思います。
ウェスリー畠山

顧問 アドバイザー
Wesly Hatakeyama

・小学校3年生から乗馬を始める。
・13歳でアメリカ、カリフォルニア州Paso Roblesの牧場に移住
・牧場にてカウボーイの仕事を習い ローピング、キャトルソーティング、カッティング等の技術を習得する
・高校ではロデオチームのメンバーとなりSaddle Bronc RidingやTeam Ropingの競技に参加(日本の部活と同じ様に高校には学校に野球やサッカー同様ロデオチームが有る)
・1978 Paso Robles High School 卒業
・California州立大学Fresno校(CSUF)で動物学/基礎獣医学を学ぶ
・大学在学中にEventing(総合馬術)とDressageを教わり競技に出場。ウエスタン乗馬の種目Working Cow HorseとCuttingを調教師Benny Guitron氏とLeon Harrel氏から習う。その頃名馬Bueno ChexやDoc Barは近場にまだ健在で見て触れ合った貴重な経験をする。
在学中に大学のクオーターホース育成牧場内に滞在してスタッフとして働く。
・卒業後、新馬調教、問題馬専門で独自のステーブルを開き2年間で100頭以上の調教を行い経験を高める
・Pat Russell氏のCheck R牧場で仕事を得て滞在中にナチュラルホースマンシップの父と言われたTom Dorrance、Ray Huntから技術を習う。Pat Russell氏から競馬馬のリトレイニングを習い仕事馬として利用/販売の経験を得る。
・BLMのワイルドムスタング(野生馬)のマネージメントに参加して野生馬の調教を経験する
・1985 結婚
・1986年、日本に渡りジャパンクオーターホース協会やジャパンレイニングホース協会の設立に援助する
・1987-1988 オーストラリアに渡り新馬調教やレイニング、トレイルホース、ウエスタンプレジャーの調教をメルボルン郊外のステーブルで行い経験を積む
・1988年秋にアメリカに戻り自分達のトレイニングステーブル“WTH Performance Horses”をオープンする
それから数年間は色々な種類の馬や競技/種目に取り組み経験を積みベースを築き上げる
・1993年 新しい施設に転移してメインフォーカスをレイニングとウオーキングカウホースに絞る。馬の育成にも取り組む
・1994年 トップ調教師のボブ アヴィラ氏と提携を結び仕事を始める。
・1995年、AQHAレイニング部門で全米ハイポイント賞を獲得
・1994年から2000年の間数多くの新馬、後には名馬となった馬達に関わり多くの成績を上げる。お客様自身がオーナーで記録も同様に残っています。その意味は、チャンピオンを取った馬を購入してオーナーになったのでは無く、新馬のオーナーになり、その方々がオーナーの間に大会に出場してチャンピオンを獲得しています、よって大きな違いが有ります。
例: Todaysmyluckyday, Amy Breaky Oak, Major Sno Chex, Chexinmypocket, etc.
・教え子がカウホースの3歳馬戦(Futurity)にノンプロ部門で優勝、その後数回に渡り別の馬でも繰り返す。AQHAアマチュアワールドチャンピオンにも輝く。
・2001年、人種差別の経験を数回受けて最後には業界に疑問を持ち大会シーンから引退する。その後2008年程まで妻と2人で自分達の好きな馬達を育成し調教して販売しました。その馬達は色々な分野で活躍し今もその孫達は活躍してます。
・2008年、馬の世界から引退。趣味に集中する。妻は審査員として現在も活動を続けています。
**日本には合計15頭程のトレイル、レイニングホースを輸出した経験を持っています。初代レイニングチャンピオンを数年に渡って獲得したペピーパースリーもその内の一頭で私達が日本に送った馬でした。
**ここには主な出来事が記されており書き表せて無い事も沢山有ります。そしてアメリカで調教したショージャンピングやドレッサージュの馬達もおりましたがお客様の依頼でお客様が乗る為に作った馬達ですので自分達では大会に出ておりません。また思い出せない事や忘れている事も沢山有りえます。ご了承下さい。
**私達が手がけた馬、教えた生徒達はアメリカ、ヨーロッパ、日本、オーストリアで活躍し、活躍しています。
**私本人は、現在でもアメリカンクオーターホース協会(AQHA)本部の国際部の委員(35年目)を務めさせて頂いております。 妻は馬の協会や競技団体の公認競技審査員、又はスチュアードとして活動しております。そしてまたアメリカンクオーターホース協会のユース委員会の委員も務めさせて頂いております。
3年前母親の病気が元で日本に来ました。母はその後施設に入り落ち着きましたが、コロナの影響でそれまでの世界が大きく変わりました。私は日本に滞在してここ数年は数カ所で馬の調教の指導やインストラクターの指導をしてまいりました。
日本は馬術ではアメリカやヨーロッパに比べて大変遅れている事が滞在している間に理解/実感出来ました。
そこで、これからは引退競走馬を乗用馬としてリトレイニングして行く方法や競技用の馬達の調教の指導を主に行動して参りたいと考えております。
そしてまたより多くの方々に馬とのコミュニケーション、リーダーシップ、正しいしつけ、虐待としつけの違い、馬の扱い方を指導していけたら嬉しく思います。
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